長野順子コラム　園丁便り　第一話

園丁だより

関東北部の山間部に在る我が家の庭は、植物たちがのびのびと育ち、庭というよりは野原、あるいは草むらと呼ぶに相応しいような、ありのままの自然に溢れています。耳を澄ませば、風にそよぐ草木のざわめき、陽光に暖められて弾け飛ぶ種、小動物や昆虫たちの微かな動き等々、実に様々な命の営みの音が聞こえてきます。私もまた、この庭でひしめき合う数多の命の中の一粒。私の意識はヒトという入れ物を抜け出して、好奇心の赴くまま草むらに分け入り、美しく逞しい野生の中に溶け込んでゆきます。ここは私の創作の種に満ちた大切な場所のひとつです。

園丁とは庭を作る職人や管理者のこと。この庭の数多の生命の営みを守り、繋いでゆくことが庭作りだとすれば、私を含め、すべての生き物が園丁と言えるでしょう。植物の受粉を担う昆虫、その昆虫を狙う蜘蛛やカエルやトカゲなどの小動物、さらにそれらを餌とする鳥たち等…。時に美しく、時に残酷にも見える命の連鎖によって、この庭のありのままの自然の均衡が保たれています。

四季折々に繰り広げられる命の物語を拾い集め、空想と混ぜ合わせ、私は作品を作っています。

様々な園丁仲間と共に見つけたとっておきのお話を「園丁だより」としてお届け致します。

長野順子　新作銅版画

「こころおどる」

イメージサイズ
12cm×9cm

シートサイズ
25.4cm×20.3cm

技法：エッチング、アクアチント

エディション30　2025年

税込シート価格：11,000円

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園丁だより　第一話

「こころおどる」

布団の温もりの誘惑から逃れられないような冬の朝。

ようやく起き出して縁側のカーテンを開けると、霜に覆われて淡い白色に染まった庭が目の前に広がっています。「！！きれい！！」一瞬にして私の心が躍り出します。こんな日には、寒い朝だけの美しい宝物に出会えるからです。

地面を覆う植物の葉の表面に大気中の水分が様々な形で凍りつき、美しい造形を作り出しています。ムラサキシキブの紫の実や、アメリカフウロの赤い葉が、細かな氷の粒で覆われた姿はまるで砂糖菓子。針金状の氷に覆われて、サボテンのような姿に変わってしまっているのはムシトリナデシコだろうか？低く差し込む朝日に照らされ、霜をまとった植物たちはキラキラと輝き始めます。地面いっぱいに広がった多彩な冬化粧に魅了され、私は飽きることのなく冬の朝の“宝探し”に興じます。

私が冬の植物たちを愛しく思うのは、冬化粧の美しさだけでなく、やがて訪れる開花と結実の季節の為に、寒空の下、日々力を蓄えている姿に逞しさを感じるからだと思います。

真冬の庭には、これから訪れる季節の兆しがたくさん散りばめられています。小さいけれど、力強い希望に満ちた姿を見る度に、私は自然からの貴重な贈り物を頂いた気持ちになります。

やがて陽が高くなり、氷は水へと姿を変え、植物たちは瑞々しく濡れた葉を広げて陽光を受け止めます。乾燥した大地も水を含み、黒々とした豊かな表情を現します。

私も心身ともに温まり、豊かな一日の始まりを迎えられました。

たくさんの宝物に満たされて、“こころおどる”冬の朝に。

（版画作品と文. 長野順子）