筆塚稔尚・渡邊加奈子 二人展

「拝啓 筆塚様 今朝、鳥の羽根を見つけました。」
「前略 渡邊様 昨日、雲の影を踏みました。」


2025年12月4日(木)〜12月20日(土)
(好評につき12/20まで会期延長)
ワイアートギャラリー
11時〜19時 最終日17時まで
日・月休廊


 
12年ほど前、ある画廊の別々のフロアーを使い、
お互いそれぞれの個展が偶然開かれたことがありました。
以来、様々な場所でご一緒することが増え、
お互いの作品が気になっていました。
その後、お互いの作品への印象に、
いつか二人展をしたいと考えるようになりました。
それを今回やっと実現させることができました。
互いの作品に少し関わり、
その世界観を広げたり尖らせたり。
二人のコラボ作品も制作することができました。
普段の個展では見られない視線の交差する、
実験的で挑戦的な展覧会です。

筆塚 稔尚  渡邊 加奈子
2025

 

 

筆塚 稔尚(ふでづかとしひさ)略歴

1957
香川県生まれ
1983
東京芸術大学大学院版画専攻修了
1989-1990
カナダ政府給費 アルバータ州立大学 留学
1990-1991
オタワ・スクール・オブ・アート講師 
ジャパン・カナダ・ファンド
1999-2000
クラコウ美術大学・ウッジ美術大学
ポーランド 文化庁芸術家在外研修
国内外にて個展多数

収蔵 
・滋賀県立近代美術館・宮城県立美術館・東京国立近代美術館
・埼玉県立近代美術館・黒部市立美術館
・カナダカウンシル・クリ−ブランド州立美術館
・大英博物館・ティコティン美術館
・クラコウ国立演劇大学・ウッジ国立美術館
・パリ国立図書館・ドレスデン州立美術館 他


 

渡邊 加奈子(わたなべかなこ)略歴

1979
東京都生まれ
2004
多摩美術大学 博士前期課程 絵画専攻版画領域修了
2009
飛騨高山現代木版画ビエンナーレ優秀賞(13年大賞)
2011
鹿沼市立川上澄生美術館木版画大賞展 大賞
2017
利根山光人記念大賞展大賞
2022
微かな記憶 渡邊 加奈子展
(ワイアートギャラリー)

個展・グループ展多数

収蔵
町田市国際版画美術館
鹿沼市立川上澄生美術館
ベネトン財団
国立台湾美術館
Art Museum Cluj-Napoca
阿波手漉和紙商工業協同組合  他



 
|作品紹介|



うたかた

筆塚稔尚・渡邊加奈子コラボ作品

「うたかた」

エングレービング、木版
21.5×13.5cm
額外寸:46.4×40.2cm
2025年
ed.30





 
 

澄んだ音  

筆塚さんの作品を初めて見たのは10年以上も前になりますが、様々なアプローチでハートが表現されている「Muragimo/TAGAシリーズ」でした。壁一面を小さな正方形のカラフルな画面・針金を用いて構成された、心の揺らぎをそのまま形にうつしたような作品群で、とても印象深いものでした。中でも針金の痕跡をスパッタリングで白く抜いた一点に強く惹かれ、未だにその作品のことを思い起こしてはコレクションしておけばよかった、と後悔しています。 次に目にした作品は木版画、その次はエングレービング、その次はメゾチント…一人の作家とは思えないほど、バリエーションが幅広いことに驚かされました。ただ、技法は異なっても、作品に流れる空気というのでしょうか、心の温度が伝わってくる、筆塚さんならではのブレない視点がどの作品にもあります。 私は部屋に「I’m juggling now」という筆塚さんの大きな作品を飾っています。台の上をたくさんのバネが飛び交う躍動感あるシーンをエングレービングで描いた作品ですが、まるで、卓越した演奏家によるジャズを聴いている心地になるのです。銅版画から版画制作をスタートさせた私は、エングレービングで線を描くことがいかに緊張感ある行為か、たった一本でも完璧な線を引くことの大変さを知っているだけに、こんなに自由にスウィングしている線は奇跡的とさえ感じてしまいます。道具を超え、身体と一体化した透明感のある表現を、毎日ホレボレと眺めています。 先日、壊れたスピーカーを新調しました。新しい音響設備から流れ出た音に思わず、これぞまさに筆塚さんの作品を見た時の感覚!と想いました。今までの音は何だったのか…澄んだ音のように響く、そんな作品を作り出す、テクニックに固執しない稀有な作家さんです。 今回の企画に際して、筆塚さんに多くの無茶ぶりをいたしました。辛抱強くお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。

渡邊 加奈子

 



03Break-in-Silence


筆塚 稔尚

「Break in Silence」

銅版/ビュラン・楮紙
18×22cm
額外寸:37.3×45.8cm
2024年
ed.38







01morningdew


筆塚 稔尚

「Morning Dew」

銅版/ビュラン
29.7×21cm
額外寸:35.7×27cm
2024年
ed.38






02morningdew2


筆塚 稔尚

「Morning Dew-2」

銅版/ビュラン
29.7×21cm
額外寸:35.7×27cm
2024年
ed.38







 

筆塚さんへのリクエスト

今回、筆塚さんへ作品のお題としてお願いしたのは、「花」と「子ども時代」です。心の情景を見事に形や色へうつし描く作家が、どんな風に「花」を版に刻むのか…この二人展企画のずっと前から、いつか機会があったら筆塚さんの「花」を見てみたいと、ファンの一人として密かに切望していました。 もう一つ、リクエストしたのが「こども時代」です。個人的に、筆塚少年はどんな子どもだったのか、という興味もありつつ…どうしたらこんな風に人の心の揺らぎを捉えることができるのか、子ども時代にヒントがあるように思えたのです。 

渡邊 加奈子

 



吐息 Secret Whisper


筆塚 稔尚

「吐息/Secret Whisper」

銅版/ビュラン
14×14cm
額外寸:39.5×33.4cm
2025年
ed.38





 

「Secret Whisper」

この二人展の話を進める際に、私が「花」の作品を作ったら面白いかも・・・と、渡邊さんから私への「お題」リクエストを頂きました。 ・・・ビュランで花か〜・・・と、しばし考えこんでしまい、その連絡には返事はしていませんでした。 10年ほど年前にも知り合いの作家から「筆塚さんのビュランで花が見たい。」と言われたことがあって、それ以来、頭の片隅にこびりついていたのも忘れてはいませんでした。 数年前に同じ銅版画の技法のメゾチントを使い数点の花の作品を作りました。でもビュランで銅板に刻まれた「花」は、ヨーロッパの植物誌などに既に何百と現わされたものがあり、その彫り方も完成されています。・・・だからビュランで花を彫ることには私なりの「ひとひねり」と歴史への「リスペクト」これを上手く合わせられるまではちょっと抵抗がありました。 頂いたお題をしばし考え、やっと試してみる方向が決まりました。まずは準備運動に3・4点ほど版を作りながら、数か月かけて「花」の彫り方を身体に慣らし、出来上がったのがこの「吐息 / Secret Whisper」です。 ビュランは机の上で銅版を回しながら版を刻み進める技法です。彫りながら下絵と銅版の上下左右が左回転で机の上で回っていると幾度も目が回り、さらに立ち眩みさえ覚えました。やはり今回だけにしようと思います。 銅版画の歴史に詳しい方なら、作品の隠し味に必ずやニヤッとしていただけることと思います。

筆塚 稔尚

版のアップ

「吐息 / Secret Whisper」版(部分アップ)

 




 
 

「羽化」

子供の頃、私はあまり自分から話を言い出すほうではありませんでした。 今の私を知る人には想像すらできないと思いますが、本当です。 小学生の頃、同じクラスの子からいじめられる事がよくありました。私から見れば、その同級生は父親の社会的地位を背にクラスの中でも威張っているような子でした。それが理由で誰にでもそうふるまっていることは子供ながら分かっているのですが、どうにもいじめてくる理不尽な態度に納得がいかず、いつか自分の中に生えてくる「棘」が別の子に向かい傷つけてしまうのではないかと、不安で仕方がありませんでした。 ある日の放課後、担任ではない年配の先生がその様子に気が付いたようで、私を職員室に手招きし、先生の机の隣にある別の先生の椅子を引き寄せて私を座らせ「それはね、優越感っていう感情なのよ。」と、話をしてくれたのを今でもはっきりと覚えています。その「言葉」が私をグルグルとかき回し、一瞬にしてどこか成長したような気分にまで変えてしまいました。そして、いじめる彼の姿が少し可哀そうに感じてしまいました。そして、いじめられても対抗心は消え去り、代わりに芽生えたささやかな包容感とでも言うのだろうか、受け止める私がいました。 どんなに小さなことでも、できないことができるようになる。自分の考えや感情が「言葉になる」と、不思議なくらい晴れやかな気持ちになります。遠い昔の少年。 

筆塚 稔尚



05羽化-Emergence-


筆塚 稔尚

「羽化 / Emergence」

oil bace woodbrock / intaglio print 
22×16cm
額外寸:44×36.3cm
2025年
ed.18








06翼が生えかわった日


筆塚 稔尚

「翼が生えかわった日 / The Day I Got New Wings」

oil bace woodbrock / intaglio print 
22×16cm
額外寸:44×36.3cm
2025年
ed.18







 

漂う気配  

現在、木版のほとんどの作家は科(シナ)の木から作られたシナベニヤを版木として使っています。浮世絵に用いられた山桜の版木と異なり、シナは密度が低く柔らかく年輪も強くない木材なので、桜に比べスポンジのように水を含み易い材です。 馬連(バレン)で摺ればエッジ(色面の隅)の色は滲みそこだけ隈取りしたように強調され、ベタ(広く平らな色面)を刷ろうとすると、それがもとで桜よりムラが出やすいから数回に分けて刷り重ねないといけない。その上、刷り方でエッジすらその表情を鋭く変えてしまう。エディションを揃えようとするには扱い難い木です。 逆を言えば、滲み(ニジミ)や染み(シミ)の様な絵の具の粗密の表情が、作品に柔らかさとシナベニヤの版木独特の潤いや湿度感をもたらしてくれます。 そんな材を作品にとても上手く生かしているのが、渡邊さんの創り出す表情豊かな作品だと思っています。表情といえば虚ろ気な「気配」が彼女の画面には漂います。大胆に省略され描かれた顔や手の柔らかな仕草は、たぶんそれ本来よりも虚ろ気で、迷いや一瞬の凛とした気配に誘われて、妄想を抱くのは私だけでもない様です。 数点手元に持っている渡邊さんの作品からは、いつも移ろい漂う女性の気配を、そして木版というよりもシナという版木の個性と相まった、この人だから現わせて、見たことなおない女性の一面や、普段見ていても気が付かなかった新しい気配を絵の中に投影してくれるので、展覧会を訪れるのをいつも楽しみにしています。

筆塚  稔尚

 

12Catsdream


渡邊 加奈子

「Cat's dream」

木版
直径35×35cm
額外寸:64.6×52.2cm
2025年
ed.2/2







15summershadow2

渡邊 加奈子

「Summer shadow2」

木版
70×57cm
額外寸:95×80.5cm
2015年
ed.4/20








16redshoes2

渡邊 加奈子

「Red shoes2」

木版
35×36cm
額外寸:50.3×55cm
2012年
A.P







 

渡邊さんの作品の印象 

渡邊さんの作品を最初に見たのは、京都で催された偶然の私との二人展の数年前。 和紙に層に浸み込んだ絵具の何処までも柔らかなグラデーション、それを切り裂く線。そのコントラストと簡素に引き算された佇まいの美しさをはっきりと覚えています。同時にこのような柔らかな作品のエディションを摺るのは大変だろうなーと、彼女のバレンを持つ手を想像します。 西欧人の誰かが「現代はスペクタクルに向かっている」と言いましたが、華美・侘び・寂と「和」でそれを例えると、今は華美の時代。これでもかと要素を盛る饒舌な足し算の世界。引き算の美しさは何処を引いたかを眺め想像する楽しさがあります。そんな作者の思考を、絵を眺めながら生みの苦しみの跡を辿る楽しみ。渡邊さんの版画には見せつけようとする嫌味な醜さはありません。


 渡邊さんへのリクエスト

今回の二人展にあたって、渡邊さんに「時代を遡って、滲みと凛とした線だけが白い和紙の上に佇む、さて何処からとっつけばいいのか・・・と、分からないような、どこか見る人を拒むような版画」を摺ってほしいとリクエストしました。 西欧風に美術用語でいえば抽象とでも言うのでしょうか。 この際だからともう一つついでに、いつもの正方形の画面を矩形にして、普段とは違う面と線の絡み具合を見てみたいと、ワガママなお願いもしてみました。

筆塚  稔尚

 


04小石のゆめ     
渡邊 加奈子

「小石のゆめ」

木版
20×10cm
額外寸:39.2×30.2cm
2025年
ed.30






03flowerjpurney


渡邊 加奈子

「Flower journey」

木版
10×20cm
額外寸:30.2×39.2cm
2025年
ed.20






 
 

はじまりの音  

 こどもの頃、住んでいた家の近くに大きな森のような場所がありました。 広い道路を隔てた向こう側、見上げるほど高い柊の塀の合間から、たくさんの樹々と長い一本道、そのずっと奥には桜の木が見えました。高校生になってから、ここが以前隔離施設として使われていた土地だと知り、少なくなった居住の方々からお話を伺う機会もいただきました。森を成していた様々な種類の樹々は、当時、隔離された方々の帰り得ない故郷の樹を植えたものだと教わりました。木版を摺っているときに、誰かの記憶が浮かんでくるような感覚がするのは、この土地が私の近くにあったからだと思うのです。版木はそれぞれ、水を吸い上げる時間、木目、どれをとっても同じものがなく、時には思っても見ない形が浮かび上がることもあります。摺る度に、各々の版木に合わせた調整が必要となりますが、その工程のどれもが、樹々が歩んできた時間を辿るようで愛おしい作業です。樹々のトンネル、佇む桜の木、小さなころに眺めていたこの風景は、木版を表現方法として選んだ、私の原風景となっています。 今回、筆塚さんからいただいたお題は「時代を遡って、滲みと凛とした線だけが白い和紙の上に佇む、さて何処からとっつけばいいのか・・・と、分からないような、どこか見る人を拒むような版画」でした。何とも難解なリクエストでしたが、このお題をいただいて、今よりもっとミニマルな画面を描いていた頃に引き戻されました。画面表現だけでなく、制作へと向かう初心を思い出しながら摺りました。

渡邊 加奈子

 

はじまりの音


渡邊 加奈子

「はじまりの音」

木版
21.5×13.5cm
額外寸:44×36.3cm
2025年
ed.30








はじまりの音2

渡邊 加奈子

「はじまりの音2」

木版
27×21cm
額外寸:44×36.5cm
2025年
ed.20







 
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