園丁だより
 

関東北部の山間部に在る我が家の庭は、植物たちがのびのびと育ち、庭というよりは野原、あるいは草むらと呼ぶに相応しいような、ありのままの自然に溢れています。耳を澄ませば、風にそよぐ草木のざわめき、陽光に暖められて弾け飛ぶ種、小動物や昆虫たちの微かな動き等々、実に様々な命の営みの音が聞こえてきます。私もまた、この庭でひしめき合う数多の命の中の一粒。私の意識はヒトという入れ物を抜け出して、好奇心の赴くまま草むらに分け入り、美しく逞しい野生の中に溶け込んでゆきます。ここは私の創作の種に満ちた大切な場所のひとつです。


園丁とは庭を作る職人や管理者のこと。この庭の数多の生命の営みを守り、繋いでゆくことが庭作りだとすれば、私を含め、すべての生き物が園丁と言えるでしょう。植物の受粉を担う昆虫、その昆虫を狙う蜘蛛やカエルやトカゲなどの小動物、さらにそれらを餌とする鳥たち等…。時に美しく、時に残酷にも見える命の連鎖によって、この庭のありのままの自然の均衡が保たれています。
 

四季折々に繰り広げられる命の物語を拾い集め、空想と混ぜ合わせ、私は作品を作っています。
 

様々な園丁仲間と共に見つけたとっておきのお話を「園丁だより」としてお届け致します。
 

 


冬の音 


長野順子 新作銅版画

「冬の音


イメージサイズ
12×9cm

シートサイズ
25.4×20.3cm
 

技法:エッチング、アクアチント

エディション30 2026年

税込シート価格:11,000円


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園丁だより 第四話

「冬の音」
 

2025年の新春から始まったコラム「園丁だより」。季節ごとのお便りをお届けできたらと思いながらも、秋の便りをお届けできぬまま年が明け、2026年を迎えてしまいました。2025年は9月になっても真夏のような気温が続き、半袖の10月が過ぎ、11月を迎えて、ようやく思い出したかのように朝晩の冷え込みと共に山々が紅葉に彩られましたが、秋を満喫する間もなく師走を迎え、木枯らしに木々の葉は散り急ぎ、冬本番を迎えてしまいました。

上州名物の空っ風。山を吹き降りてくる冷たい北風は全ての潤いを奪うように吹き荒れます。痛いほどに空気は乾いているけれど、ピンッとした冷たさは清涼な透明感を感じます。鼻の頭がツンと冷たくなる感じは悪くない。身が引き締まり、身体中の感覚が研ぎ澄まされるようで、色彩も音も、暖かな季節より明瞭に伝わってくる気がします。

植物たちの奏でる微かな音に耳を傾けるのも、冬の楽しみのひとつです。

小春日和のある日、足元に舞い降りた2片の小さな翅が目に留まりました。頭上からパチンと弾ける音。見上げれば、風に揺れる松の枝にたわわに実った松ぼっくり。陽光に照らされて果麟(松ぼっくりの表面の鱗片)は反り返るほどに広がり、その影に隠れていた松の実が冬空に旅立つ音でした。松の実は繊細な翼を纏い、風に乗ってクルクルと舞い降ります。地面に散らばった沢山の小さな翅。耳ざとい鳥たちが早速集まってきて、それらをプチプチと啄んでいます。

またある時は、パチン、カツン、パチン、カツンと納屋の辺りから聞こえてきます。アオツヅラフジやヤブマメやカラスウリ等のつる植物に覆われた納屋。カラカラに乾いたヤブマメの鞘から小さな豆が弾け飛び、納屋の壁にぶつかる音です。豆を弾き出した後の鞘はきれいにくるりと丸まって、小さな小さなシガレットクッキーのよう。こんな小さくて愛らしい鞘なのに、豆を弾き飛ばす勢いの激しいこと。鞘豆の(あの厄介な)硬い筋は、動物にとっての筋肉繊維のようなものなのでしょう。

冬枯れの庭には、溢れ出るような緑の瑞々しさは無いけれど、植物たちの生存のために蓄えたエネルギーがにぎやかに弾けています。

勿論、冬は静かな日ばかりではありません。強い北風は上空でびゅうびゅうと恐ろしげな音を立てて吹き荒れて、枯葉をめちゃくちゃに乱舞させます。時折、ウォーンと悲しげな風音。葉を落とした木々の枝の間を風がすり抜ける音でしょうか。空気がより一層冷たくなった気がします。

北風に揺れる木々の枝には既に小さな芽がついています。寒さに耐えるかのように、ぎゅっと実を固くしています。静かにエネルギーを蓄えて、暖かな春の到来を待ち侘びているかのようです。

冬の庭に溢れる美しい命の営みを感じられることは、私にとって細やかな喜び。今日も清涼な空気の中、空を見上げ、耳を澄まします。

(版画作品と文. 長野順子)



 



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