小池結衣のコラム
「ぶれる日々」
ぶれず迷わず潔い。
若い時はこれがかっこよかった。
しかしこれは時に、
反省しない、視野が狭い、思考停止、を意味する。
ぶれて迷って往生際悪く生きるのも悪くない。
第2回
「感動を与えたい」
「生まれる前に神さまと約束した(かも知れない)」
メゾチント
イメージサイズ 144×173mm
シートサイズ 297×232mm
ed.1/30 2022年
シート税込¥16,500
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第2回
「感動を与えたい」
最近よく聞く「感動を与えたい」という言葉に違和感を持っている、私は自分の見たい絵描きたい絵を自分のために描きたい、という趣旨の文を、以前他の画廊さんの案内に書きました。書きながら、納得。これは当然の事かもしれない。
「感動を与えたい」というのはつまり、行動の動機を自分の外に置いています。人に褒められるために行動するのと等しく、それはただの承認欲求、なんだか幼稚です。さらに、感動するかどうかは受け手の側の問題であり、人の感情を左右しようと意図することじたい失礼で、傲慢なことではないでしょうか。与えたい、という言葉もなにやら、上から目線です。
人は、人からどう思われるかではなく、自分がするべきと思うことをすべきです。芸術であれば当然のこと、他のどんな分野であっても、人間は、自らの価値観の追及こそ生涯かけてやるべきことなのではないでしょうか。
それこそ常識、と最近の風潮を憂えていたところ、あら不思議。「自分は自分の見たい絵、描きたい絵を、自分のために描く」。こうして改めて文字にしてみると、なんと、いかにも幼稚で傲慢。それに比べれば「感動を与えたい」の方は傲慢どころか「夢や希望をなくしかけた疲れた人たちに感動を与えて、がんばる力をとりもどすお手伝いをしたい、私は皆さんの役に立つために働きます!」と、言っているようではありませんか。
――汝らのうち罪なき者、先ず石をなげうて。――ヨハネ傳福音書8‐7
思えば、ネット空間では何かちょっと発言すると、たちまち誹謗中傷の罵詈雑言が飛んで来たりします。
罪など犯したこともないと言いたげな、自分の正義を毫も疑わない匿名の石つぶてが飛んできます。それが日常であれば、どこからも文句が出ないよう「自分は社会の役に立ちます。みなさんのために働きますよ。」とあらかじめ宣言しておくことが必要になるのかもしれません。「自分の描きたい絵を、自分のために描きます、人には何の役にも立ちません」なんていう古くさいわがままを言っているような時代ではないのかもしれません。
おまけによくよく考えてみれば、「芸術であれば当然動機を自分の外に置くべきではない」というところも、かなりあやしい。
元来、画家や絵師とは、職業名であったはずです。描いた絵を売って、生計を立てる職業です。ところが聞くところによると現在自分の絵を売るだけで生活できている人は日本全体で30〜50人ほど。つまり、純粋に職業として画家を名乗れる人は極端に限られた人たちだけ。私の様な、食えもしない人間が他のアルバイトで食いつなぎながら堂々と作家を名乗っていること自体、ゴッホあたりの影響で食えない画家のステレオタイプが造られた結果の、案外最近の風潮であったのかもしれません。かつて画家が名実ともに職業名であった時代には、顧客のニーズを正しくくみ取り、「感動」も含めて依頼主が求める絵を描くことこそが仕事であったはず。自分のために自分が見たい絵を描きたいなど、一人前以上に依頼をこなせてこそ言えるわがままであったのではないでしょうか。食えもしない私が言えば、単なるプロ意識の欠如に過ぎないのではないでしょうか。
とは言え、誰かの役に立とう、人を感動させようと目指してみたところで、結局食えるのは30~50人、つまりほぼ不可能。ならば私としては元どおり、「何の役にもたたない自分の描きたい絵を自分のために描こう」と、幼稚で傲慢でプロ意識の欠如した結論に、一周めぐって戻ってくるわけですが。
(版画作品と文 小池結衣)
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