小池結衣のコラム　ぶれる日々　第8話

小池結衣のコラム

「ぶれる日々」

ぶれず迷わず潔い。

若い時はこれがかっこよかった。

しかしこれは時に、

反省しない、視野が狭い、思考停止、を意味する。

ぶれて迷って往生際悪く生きるのも悪くない。

第8回

「何の変哲もない」

「あめつち」

メゾチント

イメージサイズ 143×215mm
シートサイズ 240×300mm

ed.30 　2024年
シート税込￥16,500

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作品をお求めいただけます。

第8回

「何の変哲もない」

この時期いつも思います。なぜ、桜ばかり。なぜ、ソメイヨシノばかり。なぜ、花の頃ばかり。沈丁花。椿。アネモネ。馬酔木。モクレン。露草。百合。さるすべり。コスモス。桔梗。水仙。季節を問わず、美しい花なら無数に咲くのに。開花予想だの宣言だの、またその話？右向け右、横並びの日本人。ソメイヨシノより半月ほど早く咲く近所の早咲き品種なら季節先取りとスマホを構えた人でごった返しますが、遅咲きの八重桜などはもうその話題は飽きたと言わんばかり、見る人もなく毎年ひっそりと咲いています。私などは満開の桜よりむしろ散ったあとの新緑が好きですが、その頃にはもうその木が桜であることを思い出す人さえいないかのようです。

――花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。――兼好法師「徒然草」より

などと言う端から、どこの桜が咲いていただの、気付けば私も口にしています。誰にも通じる、なにしろ便利な話題ですから。今日もやっぱりぶれています。

一昨年、皆既月食と天王星食が同時に見られました。意識して天王星を観測したことが無かったので、この機会にと手持ちのオモチャのような天体望遠鏡で月の裏に入る点のような天王星を確認したあと、買い物のため外に出ると、ビジネス街では帰宅途中の人々が一様に斜め上を見上げてスマホを構えているさまがちょっと可笑しくもありました。数日後の新聞の四コマ漫画で登場人物が月を見上げ、「何の変哲もないお月様もいいものですね」と言っていました。わざわざ望遠鏡で観測しておいてこんなことを言うのもなんですが、何の変哲もない月を私も好きです。けれどもその日、天王星食と同時の皆既月食と比べればまるで何の変哲もないものの、月は火星と大接近していたのです。何の変哲もない、惑星と接近する月、何の変哲もない、地球照を伴った細い月、何の変哲もない、月の出、何の変哲もない、真昼の月。引きこもりがちの私はわざわざ外に見に行きます。地上には大きな事件がない日でも、本当は、毎日誰かの誕生日で、毎日誰かが亡くなって、毎日何かの記念日で、何の変哲もない日なんて、ないのでしょう。

そのうち制作を再開したいと思いながらずっと延期していたパステルで、何の変哲もない空の絵ばかり描いてみました。無名の、それこそ何の変哲もない作家ですが、扱ってくださる画廊さん、作品を購入くださる方々に支えていただき、なんとか制作を続けることができています。ご高覧いただけましたら幸いです。

（版画作品と文. 小池結衣）

小池結衣さんの個展を
2024年4月3日（水）～4月13日（土）に
ワイアートギャラリーで開催します。

今回はメゾチントと、
初めて個展で出展するパステル画でご覧願います。

（オンラインでも初日11時以降作品をお求めいただけます）

ーやすらぎー
銅版画とパステル画
小池結衣個展

2024年4月3日（水）～4月13日（土）

空から降り注ぐ光や、穏やかな海や湖のすがた。
大地や樹木から連想する自然のぬくもりを
今回はメゾチントと、
初めて個展で出展するパステル画でご覧願います。

この空の下
Yui Koike

らせん階段を昇るように
季節におかえりを言うとき
わたしたちはまたひとつ年を重ね

わたしたちは歩く
　この空の下　この惑星（ほし）の上
誰も植えていない草のそよぐ道を
常に芽吹き　花をつけ　種を落とす
ただしい季節を知る草の

わたしたちは歩く
この空の下　この惑星（ほし）の上
やわらかな陽気　照りつける日差し
垂れこめた雲　まとわりつく雨　
かじかんだ指先　伸びてゆく影

季節はすすみ　星はもといた位置にかえり
この季節を知ってる　何度もめぐり逢っている
らせん階段を降りるように
季節にただいまを言うとき
わたしたちはまたひとつ年をとり

この空の下　この惑星（ほし）の上
いつかわたしたちはおやすみを言おう