小池結衣のコラム

「ぶれる日々」

 


ぶれず迷わず潔い。

若い時はこれがかっこよかった。

しかしこれは時に、

反省しない、視野が狭い、思考停止、を意味する。



ぶれて迷って往生際悪く生きるのも悪くない。


 



第9回

「雨が降る





いざない
 

「いざない」


カラーメゾチント
4版4度刷り


イメージサイズ 155×130mm
シートサイズ 262×215mm


ed.30  2024年

シート税込¥33,000

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第9回

「雨が降る」
 

 

あまがえる進化史上でお前らと別れた朝の雨が降ってる  笹井宏之

梅雨です。雨が続いて、じめじめと鬱陶しいですね。あいさつ代わりの言葉に、つい私も同意してしまいます。晴れて雲も光るようなすがすがしい日は心も晴れれてうきうきするし、かんむり座Tの新星爆発を双眼鏡片手に今か今かとずっと待っている身としてはヤキモキしてしまいます。(80年に一度の再帰新星の爆発というのが迫っているそうです、都会でも肉眼ではっきり見える再帰新星爆発というのはこの星だけで、その肉眼で見えるのはたった数日だそうですよ。まあ、実際のところ何が見えるかと言うと、普段は肉眼では見えない暗い星が、1〜2日間だけ2等星くらいの明るさになって普通に見えるというだけのことなのですが。)
服は濡れるし洗濯しても乾かない。靴にはカビが生え、髪はボサボサ、何かと憂鬱です。
けれども本当は、私は雨の日も好きなのです。そして曇りの日も。影は輪郭を失い、光は焦点を持たずに全てを柔らかく平等に包む。湿った空気の中、遠くはなれるほどモノクロームにかすんで、晴れの日とは違った美しさを見せる風景。地面は濡れて、逆さまの人や車や建物を映し出す。よく見れば様々な色と表情を見せる曇り空、その厚い雲の下、春に芽吹き、青々と育った働き盛りの葉は今しがた降った雨をしっかり受け止め、幹はその肌に雨を伝わせ根元へと導き、旧暦皐月半ばの木下闇に、感じるのは強固な意志のようなもの。わたしたち動物よりはるか以前から陸地へとその棲みかを広げていた彼ら植物たちが持つ、わたしたちには計り知れないまでの、そこに在る、存在する事への強い意志が見えるようで、彼らに対して恐れに近い感情を覚えたりします。たっぷりと雨を抱き込み黒々と濡れた土壌に広く深く緻密に張り巡らされた根から毛細管現象によって吸い上げられた水は葉の一枚一枚のその先端まで行き渡り、その形を保ち、誠実に、勤勉に、貪欲に、冷徹に、彼らはその腕を、その領域を広げ、超高性能太陽光パネルを稼働させる。わたしたちの内部をも満たし質量の半分以上を占めるその水は、138億年前のビッグバンでできた水素原子と、酸素原子を形作ったのは恒星内部の核融合、太陽よりも重かったはずのその恒星は、一体どんな星で、どのような色に輝いていたのか。この太陽系を形作った偶然は、46億年の間、この水分子を海の底に沈ませ、大気中を漂わせ、時に生物の一部をなし、また放出され、地中に潜り地表を駆け抜け、この太陽系第三惑星のうえを一体何周巡らせたのか。表面張力により小さな無色透明の球体となったその水は、今わたしたちの頭の上に落ちてくる。これがわたしたちの棲む世界、現実は一篇の詩のように美しいではありませんか。

  
(版画作品と文. 小池結衣)
 
 

 


 

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