小池結衣のコラム

「ぶれる日々」

 


ぶれず迷わず潔い。

若い時はこれがかっこよかった。

しかしこれは時に、

反省しない、視野が狭い、思考停止、を意味する。



ぶれて迷って往生際悪く生きるのも悪くない。


 



第5回

「憎しみと祈り





夢を見る木


「夢を見る木」

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第5回

「憎しみと祈り
 

   

私は自分が平和主義者だと思っています。
戦争は人類最悪の愚行。平時であれば絶対悪であるはずの、人の生命や財産、平穏な生活を奪う暴力。それが戦争であるという理由ひとつで許されてしまうなら、すなわち戦争は絶対悪であるはずです。
ひとたび平和が破壊されれば、犠牲を強いられるのは弱い人々です。もともと高い地位や権力のある人はいいでしょう。前線に送られることもなく、特需でさらに儲かるのかもしれません。人をたくさん殺した指導者は後世まで英雄として名を残すでしょう。そのような力のない人々が危険や暴力にさらされ、人心は荒廃、欠乏、飢え、恐怖が降りかかります。そのような事態を私は絶対に経験したくはないし、世界中の誰にも経験してほしくはありません。
一方で、弱い、市井の人々は、ただ純粋に騙された被害者なのか?
私にはそうは思われません。先の大戦でも、一番犠牲を払わされるはずの善良な市民は、騙されていたというよりむしろ自らを騙していたのではないでしょうか。他の選択をするのが難しい状況とは言え、流されるまま踊らされ、焚きつけられ、深く考えることもなく、前向きに、ポシティブに、みんなで戦争に向かって行ったのではないでしょうか。

 

ウクライナばかり注目されますが、世界では常に戦火の絶えることはありません。
戦争をなくすこと、それは人類共通の喫緊の課題であるはずです。
私たちの一人一人が、普段から他者に対して寛容になり、平和について考え、行動しなければなりません。

 

それなら、私は他者に対して寛容か。まるで、そんなことはないのです。
ありていに申せば、不寛容そのもの。
他者に対する憎しみ。怒り。いらだち。
人の些細な言動に腹を立て、極端に嫌いな人間が多い。
平和主義が聞いてあきれるではありませんか。
先日も、特に親しくもない年配の女性に馴れ馴れしく肘で何度も小突かれ、はらわたが煮えくり返ったが、耐えた。というより、怒りのあまり、身体が固まりました。
たいてい、その場は流します。アンガーマネジメント?
そうではありません。単にその場でうまく反応できない、その分怒りをためて執拗に根に持ち、いつまでも許さない。同じ方から10年も前に受けたセクハラ発言に対する怒りさえ、まだ治まりません。
制作をしながらも、集中力に難のある私は反芻動物のごとく人の言動を蒸し返しては
古い怒りに新しい薪をくべ続けます。

 

怒る時

かならず鉢をひとつ割り

九百九十九割りて死なまし  石川啄木

 

先日、個展で久しぶりに会った知人が「祈りみたい」という感想をくれました。
私の作品と、それがかなりの数になることに対してですが、時間をかけて丁寧に見てくれた彼女の態度からお世辞とも思われず、あまりに善良に捉えてくれて、なんだか申し訳ないと思いました。
全ての憎しみを手放し、世界の平和を祈って心静かに制作ができるならどんなに良かったでしょう。
しかし実際は、些細なことにしょっちゅう腹を立てながら、憎しみに支配されながらの制作なのです。

 

今日も集中力を途切れさせ、しかしふと思うのです。欠点の多い人間として、間違いながら、悩みながら、生きているそのこと自体が、あるいは祈りのようなものかもしれない。

 

いつか人類は、というより私は、憎しみを手放すことができるのでしょうか。

 


(版画作品と文. 小池結衣)


 


 

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